桜はまだか?
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。

  


東京でも桜の開花宣言が出され、いよいよの春本番と相成って。
いいお日和の中、お出掛けしたくなるような陽気が続くよになった今日この頃。
道幅の広い、でもでも単ある生活道路として、
なだらかな坂の続く、こちらお馴染みのお屋敷町でも、
人通りが少ない閑散とした印象は変わらぬながら、
どこかから沈丁花の香りがし、
ひょいと見やった風格のある漆喰塀の上なぞから、
庭梅や山つつじのピンクの花が覗いていもする華やかさが
いかにも春の訪のいを示しており。
菫色が濃くなったようよう晴れた空の下、
その照り返しに輪郭を濡らして止まった一台のセダンがあり。
スモークガラス越しにそんな長閑な外界を見やった男衆が、
何が可笑しいか、ふんと鼻息ついて笑ったそのまま、
運転席と助手席に同乗していた身内へ向けてだろう、
いかにも指示という命令口調で言い放ったのが、

 「じゃあいいか、
  お前らこの奥向きのどっかでぼや騒ぎでも起こして来な。」

イタリアか英国か、どこか外国の仕立てだろう、
シャープな印象のするスーツを着込んだ、割と上背のありそな男のそんな言いようへ、

 「え?」

命じられた側にあたろう男衆が、空耳だったかなと思わせるよな間合い、
それは素直に訊き返しており。
これが真っ当な生活を送る、真っ当な公序良俗の持ち主たちの反応ならば、
それも当然となるところだが、
そうではないからだろう、
声を掛けた側こそが意外そうに眉をしかめてしまい。

「何驚いてやがんだよ、そんくらい基本だろ。
 こっちへマッポや何やの目を逸らして、その隙に…。」

何だ何だ、いちいち詳細から言わねぇと段取りが判らないのかこいつらはと、
革張りシートの深々としたクッションの上、
ぎゅぎゅうと革を鳴らして身を起こし、説明をしかかったミラーグラスの男性だったのへ

「いや、それは承知してやすが。」

いやいやいやいや、私らが意外に思ったのはそこじゃあなくてと、
馬鹿正直に制した彼ら。
気がつけば、車外に控えていたクチの下の者らだろう、
もっと若い顔ぶれの面々もすぐ間近にまで集まって来ているようで。
車内の話の流れを洩れ訊き、
この顔触れの中での一等上の幹部らしいお兄さんの言いようへ、
直参の幹部たち同様に“いやいやいやいや”と感じたればこそ、
案じるような様子で集まって来てしまったものと思われて。
あまりに素早く、しかも意外な反応が返ってきたものだから、
おおうとしょっぱそうなお顔になりつつ、

「じゃあなんだ。」

何が問題なんだよと、
判るように話せという意を込めて訊くところから察するに。
どうやら現場での采配はあまり機会が少ない、
その筋の主家のボンボン、もとえ、
二代目とか若とか呼ばれて鋭意勉強中の、
まだまだ出荷前の温室育ちな存在かと思われる。

「いやあの。若、この辺りは止した方が。」
「何だよ、ここいらつったらいわゆるセレブだか何だか
 お高くとまってやがるクチの多い古めのお屋敷町だろうが。」

そんくらいは見れば判るぞと、
スーツの内ポケットからシルバーのシガレットケースを取り出して
金口の紙巻でも取り出すかと思えば、
そこはゆとり世代か、ミントのタブレット錠をしゃかしゃかと口へ振り込んでから、

「主人夫婦は家をすっかり空けて仕事だ営業だって飛び回ってて、
 息子や娘は遊びまわってて昼間は人の出入りもほとんどねぇ。
 子供がいりゃあいたで、出入りは車でってなろうし、買い物も同じくで、
 ほてほて歩ってる人影はないから見咎められる恐れは低い。
 防犯カメラがあっても侵入者用だろうから、
 ポイと何か投げ入れたところまでがフォローされてるとは思えねェし、
 金が唸っていそうな屋敷ばかりだからそうそう簡単に延焼はしねぇ。
 騒ぎは起きようが、思い当たりの一つや二つもありそうだったら
 むしろ黙って建て直して終わりってとこで…。」

立て板に水、流れるような勢いで、滑舌も良くつらつら述べ立てた若様。
最後の方は、腹黒い自身のお家の常識が
そのまま世間様的ボーダー的なもんだと思ってそうな、
そんな歪んだ思考回路から飛び出したらしき言いようの理屈へ向けて、

「いやあの、そういう理屈はご立派ですが。」
「じゃあなんだ。」

煮え切らない部下たちの言い回しに、とうとうぶちっと切れたものか、
表情を険しく歪めると、

「それとも何か、この辺りってのは、
 怪しい奴はその素性まで瞬時に突き止めちまうよな
 チョー高性能の防犯システムが整ってるとか、
 怪しい輩にあっという間に追いついたら最後、
 食らいついて離れない番犬がいるとか、
 ウチの組以上に周到で腕っぷしもいい奴らが揃ってる組織が
 こっそりシマにしているとか。」

そういうややこしい土地でもあるって言うのかよと、
若にしては想像力のありったけをぶつけたらしかった、あくまでもそんな馬鹿な設定、
奇想天外な条件を並べたつもりだったらしいが、

「…言いようによっちゃあ、それ全部です。」

「はい?」

押してもだめなら引いてみなというノリの、
堅い堅いドアを引いたらあっさり開いたような、
微妙な部分が呆気なかった意外なお答え。
有り得なかろと持ち出した例えばを、それ全部が当てはまると言われても。
不意を突かれすぎ、思わずいいお返事をしてしまった若様へ、

「あらやだ、じゃあ番犬てのは久蔵殿のことかしら。」
「……#」
「アタシは何にも例えられてないんですけど。」
「シチさんはほら、勘兵衛殿つながりで、大きな組織のシマってところじゃないんでしょうか。」

そんな会話がやけによく通る声で届いて来て。
車外の面々がざわざわざわっと焦る気配まで立ち上り、
自分だけが依然として何かが見えないままの若様をイラつかせる。
パワーウィンドを手際よく下げ、窓へと身を寄せ、外を見まわせば、
他には人影なぞなかったはずの中通りのやや離れた辺り、
二人ほど並んで立ってる存在があって。

 「いやですよおじ様がた、」

四六時中の監視なんてプライバシーの侵害だし、そこまで私も暇じゃないから、
不審な動作とそれから、不穏な会話を拾ったら
手元のスマホまで微警告を送るようにって設定していたら

 「ぼや騒ぎだの、マッポや何やの目を逸らしてだの、
  防犯カメラがあっても侵入者用だだの、ポイと何か投げ入れたらだの、
  そうそう簡単に延焼はしねぇだの。
  物騒なフレーズのオンパレードなんですものねぇ。」

ヘイさんそれって、ブログなんかについてる禁止ワード設定の応用?
そういうところだったんですが、こうも何でもかんでも拾うようではネ。
今時子供向けのアニメでも物騒な言い回しがばかばか出てくるから、
学習機能を特化させたくとも、序盤の設定で気が遠くなるよな道のりだったりして、と。
つややかな金髪に水色の瞳も華やかな、
それでいてバタ臭くはない風貌が何とも言えぬ印象を醸す
瑞々しい美少女を相手に。
そちらの筋の専門用語なのだろうお堅いあれこれを並べ立てている、
そちらも負けぬほど愛くるしいお顔のお嬢さんといい。

 「………。」

思わぬ隠し絵を見つけたように、
そこにいたのかと判った途端、ギクッとさせられたもう一人。
ただただ無言のまま、こちらを射殺しかねぬ勢いで鋭い双眸にて睨みつけてる、
道沿いのお宅の庭木だろう槇の木の、
樹上に危なげなく立った金髪美貌の乙女といい。

 「何だ何だ、こいつらは。」

いきなり割り込まれた意外さの上へ、
間違いなく自分たちが交わしていた会話が聞かれていたらしい不気味さが加わり、

「髪も顔も派手なのに、何でそんな地味ななりしてやがる。」
「…若。」

そこですかいと、周囲の男衆が呆れかけ、

「大掃除の途中だったんだもん、しょうがないでしょう?」

律儀に応じるお嬢さんたちも大したもの。
いかにも学校指定のそれだろう、お揃いのジャージ姿のお3人。
素性が割れても構わないという開けっ広げな態度なのは、
それだけ世間とかおっかない大人を知らぬのかと。
やれやれと肩をすくめて、それでも車外へ降り立った若とやら、

「こちらの会話が物騒だったからとお運びくださったようだが。
 だとして何がしたいんだい?お嬢さんたち。」

芝居がかった物言いは、
彼もまたあんまり場慣れしてはないことの表れか。
それとも…所詮は十代の少女ら、本気出せばあっさり畳める自信があっての遊びっ気か。
まずは穏やかに話しかけてみたところ、

「決まっているでしょう? そんな物騒な真似をさせるわけにはいかない。」
「いかないと言われてもな。」

怖気もしないで踏み出した、
そちらはやや離れた路上に立ってた方の
マドンナ風の金髪娘に、みかん色の髪をしたお嬢さんだったのへ。
へっと小馬鹿にするよに笑ったそのまま、
自分を取り巻く部下の皆様を左右へ所作だけで押し割って、
そのまま ずかずか歩みを進め、
すかさず伸ばした手で相手のきゃしゃな手首を掴み取り、そのまま締め上げようとしたところ、

 「かかったな。」
 「え?」

先に手を出したから、文句は言えないぞと、
ぼそぼそぼそっと囁きながら
そおれっと逆に、自身の腕を思いきり、
こじゃれたスーツごと頭上まで捻りあげられていた若とやら。

 「な…ぎゃあ、痛てぇっ!」

尋常ではない悲鳴が上がり、
さすがに主人筋の若様の危機だと、
周囲に集まっていた面々がまとう空気を一気に塗り替え、
素人でも総毛だっただろうほどの濃厚さ、いきなり殺気立ったれど。
そんな輩に向けては、

 「言ったでしょう? 先に手を出したのはこのお兄さんだって。」
 「純然な正当防衛。そんな私たちへの掴みかかりも以下同文ですわよ?」

生意気な、そんなもん此処にマッポがいて見守ってりゃの話だろうがと、
蓄積のないチンピラあたりとか、
今の今、久蔵殿に腕拉ぎを掛けられている若様あたりなら嘯いたかも知れないが。

 「う…。」
 「くそぉ。」

恐らくはジャージの袖へ隠して居たそれ、
ステンレスの伸縮ポールを掴みだし、シャキンと伸ばした白百合さんへ、
うううと唸るしかないお傍衆。
ただ単に、後で申告することとなろう大けがを覚悟して…なんていう
しおらしい言いようなのではなくて。
手首を掴んだのが果たして先かと疑いたくなるような素早い対処を紅ばらさんがしたように、
こちらがこのやろうと襲い掛かったら、それへの反射という格好、
同時か前倒しのノリでそりゃあ見事な反撃が、その得物で繰り出されることを、

 「知っていなさるということは、
  どっかですでに手合わせしたな、お前さんがた。」

 「お。勘兵衛殿。」
 「え?なんで勘兵衛様が?///////」

今更ヲトメぶっても遅い気がする、
長槍仕立てのポールで風切るよにブンっと振り抜いて見せた七郎次。
いつもならその部下の佐伯さんが出てくる間合いに登場なさった、蓬髪に髭の警部補殿へ、
わあと飛び上がって驚いて。

 「お主らが、こ奴らの組織の取り引きへアクセスしとると良親から聞いたまで。」
 「結婚屋か。」

余計なことをとちっと舌打ちした久蔵へは、そちらこそ常連の佐伯刑事さんが歩みを進め、
ほら貸してと、もはや痛みから泣きそうになってる若様とやらを引き受けており。

 「密輸商品の取り引きには違いないが、それほど難しい品ではないぞ?」

輸出しちゃいけない地方へこっそり売り抜けようとした贅沢嗜好品。(盗品含む)
麻薬じゃ武器じゃといったそれじゃなし、
捜査機関から踏み込まれても誤魔化しが利きそな物ばかりだそうだが、

 「だからこそ、そ奴のトレーニングにって段取りになってたらしくて。」
 「ここのご近所でボヤ騒ぎだなんて許せません。」

地域防衛軍のお嬢様がたにすれば、そんな大枠な理屈なんて知らない。
勝手を許さんと立ち上がったまでだと言いたいらしく。

 “その実、恍けられて見逃すのも業腹な取引を、
  だったらこっちからの筋道辿って
  逆に取り締まっちゃえばいいのでは?なんて、”

毛ほども考えなかった彼女らとも思えないけどねぇと。
彼女ら自身が桜の化身のような、
地味なジャージ姿でも十分に瑞々しい乙女らへ、
苦笑が絶えなんだのが佐伯さんなら、

 「シチ、花見に説教を食らいたいとは相変わらずに酔狂だの。」
 「勘兵衛様〜。」

随分とあれこれすっ飛ばしてるが、
近々花見に行こうとお誘いするだろう娘さんたち。
その折に、説教食らうよなことをするとはなと、
皮肉って言ったらしい島田警部補さんだったのへ、
しっかり通じて“そんなのいやですよぉ”と返した白百合さんだったようで。
やっぱり相変わらずな皆さんを、
移送車の到着を見下ろしていた名もない小鳥が小首を傾げ、
ぴちゅぴちゅ笑って飛び立ってった、春先の午後だったそうな。




    〜Fine〜  16.03.22


 *いよいよの春ですねvv
  お花見や行楽が楽しみですが、
  花粉が早々収まってくれそうで、私はそれが一番うれしいvv

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